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鳥人間コンテスト2023を振り返って ver.森(QX-23設計)

鳥コンが終わってから2か月以上経って、ようやく重い腰をあげました。森です。設計の観点からQX-23を振り返ろうと思います。大会当日の話よりは全体的な話多めです。

設計

QX-23の設計コンセプトは「九大らしい美しい機体で優勝」でした。目標は400mぐらい。

高翼通常配置が記録を伸ばしている中で、果たして低翼T字を続けるのか悩みました。とくにチームあざみ野の記録はインパクトが強く、高翼の王道性を痛感しました。また、QX-22の大会時に三鷹茂原の方の一人に低翼構造におけるパイロットの姿勢の難しさを指摘され、それにも頭を悩ませていました。しかし、同じような機体ばかりでは面白くない。鳥コンにおける九大なりの解を見つけたい。何よりこのままの記録じゃ終われないという思いで、低翼T字を続けることにしました。

基本設計は機体重量43kg、パイロット60kgの計103kg、巡航10.5m/s、翼面荷重5.83kgf/m^2でした。速めの巡航速度に合わせ、翼面荷重も大きめになっています。(重量推算が甘く、最終的には全備109.4kg、巡航10.75m/s、翼面荷重6.2kgf/sとなりました。詳しくは後述します。)

想定フライトは高速棒飛びです。テイクオフ後緩やかにダイブして巡航速度まで加速し、機速一定で飛行を続け、最後水面でギリギリまで引き起こして着水するプランでした。しかし、QX-23の背風のこともあったので、巡航速度を9.5m/sまで落としてフライトする安心パターンも用意していました。

QX-22でテールヘビーだったこと、そしてパイロットが2年目でかなりハングを頑張っていたことから、操作は重心移動で行い、テール長さを3.2mと短めにしました。さらにテールヘビー対策としてカウルに対して桁位置を後退させ、パイロットの前側重心余裕が十分にあるようにしました。

乗り込み練の感想から、パイロットが100%の力で機体を押せているのか疑問に思っていたため、パイロットのもっと良い乗り込み方法がないか探りました。体をもっと起こして走りやすい姿勢にするとか、それとももっと前傾させて力をかけやすくするとか、脚の高さや持ち手の位置を変えたりして実験しましたが、結局どの姿勢でも押しにくかったため、パイロットは旧来の姿勢のままになりました。

一方で、乗り込んだ後に足の置き場がないと重心移動がやりづらい、脚がカウルを蹴破ってしまう、定位置が見つけにくいという問題から、足置きを設置することにしました。(しばらく本当に載せるかはっきりしませんでしたが…)

実際に乗り込んで重心移動操作ができるフライトシミュレーターを11~12月ごろに開発したので、今まで経験則に頼っていた安定微係数の値などを実際に操縦しながら調整することが可能になりました。実際、QX-23の上反角の大きさや垂直尾翼面積はシミュレーション上での上反角効果や操舵性能を確認して決めています。

設計思想的にはかなり剛性教で、安定性よりは操作性を優先しています。製作性や伝統にはこだわらず、新しいものを積極的に取り入れて性能を追求した機体でした。

新たな試み

QX-23ではさまざまな新しい試みを行いました。

主翼

  • 0番に外注桁を採用
  • 桁断面の真円化
  • 7本桁
  • NC熱線によるマンドレル作成
  • 桁の真直度向上とシワ低減
  • 挿ししろ部分のバブルスを全面ではなく端2箇所のみに&挿した状態で硬化
  • 端リブのCFサンドイッチ化&ねじり止めと一体化&オサム君採用
  • リブの素材を発泡からスタイロに変更&リブ厚を7mmから10mmに変更
  • リブ厚20mmで作り、NC熱線で10mmにスライスして右翼と左翼を同時に2枚製作(これは反りが酷かったので来年以降は採用しない予定)
  • ストリンガーの寸法統一&配置変更
  • 除光シート改良

尾翼

  • テーパー付き水平尾翼
  • 尾翼金具のジュラルミン化
  • 垂直舵面の下パーツ追加
  • 垂直舵面内部の肉抜き強化
  • 垂直安定板をより細く、長く
  • 胴体桁を尾翼マウント直後で切り落として後はテールバーに
  • ストリンガーの位置変更
  • プランクを1mmから2mmに

カウル

  • 社長の石膏化
  • マウント補強板のCFRP化
  • 桁位置を後退させてパイロットの前余裕を大きく

  • 脚のリロードを楽に
  • 車輪径up&耐荷重のあるものを採用
  • 治具を使用したマウントの取付
  • 格納確認の試作(実機には搭載せず)

電装

  • 基盤の表面実装
  • サーボのトルク負荷計測
  • 超音波距離センサー搭載
  • 通常モードと低速モードで水平のトリム角度を2種類切り替えられるように
  • 機速を音の高低と間隔でパイロットに通知
  • ピトー管を垂直安定板の上部に設置&風向ベーン追加
  • 大学の風洞を借りてピトー管の校正

乗り込み部

  • 足置きの採用
  • スマホを設置し設計と通話(結局当日ドコモ回線が使えなかったので通話せず)&内部音声とGPSを記録

その他

  • 乗り込み部横桁の楕円率をきつくして小径化→前方投影面積削減と重量減
  • 実際に乗り込める重心移動フライトシミュレーターの開発
  • トリム取り器刷新
  • RTRさんの風洞を借りて翼型の風洞試験
  • シュリンクテープを用いた桁焼きの試作
  • 全面接着フィルム試作

この一年間で多くのことをやったと思います。チームのメンバー、特に同期には本当に感謝しています。

大会本番の分析

大会本番では、テール持ちがテールを離した後プラホ上で機体が大きく前転し、そのまま迎角が下がった状態でテイクオフしました。機体の頭を上げるためにパイロットは必死に重心を下げ、機体は頭上げの挙動を見せましたが間に合わず、そのまま水面に突っ込みました。記録は14.72mでした。

前転の原因は脚の接地点と機体の重心位置が離れていたことです。プラホ上ではテール持ちが下に力を加えることで機体の前転を止めていましたが、テール持ちが手を離した瞬間、機体に前回りのモーメントが発生しました。しかし、頭下げモーメントが発生していること自体は今までの脚つきQXでも同じでした。

それでは、なぜQX-23ではこの前転が起こってしまったのか、それには2つ理由があります。

  • テール持ちの引き継ぎがうまくいっていなかった
  • 引き継ぎが途絶えた時期がテールバーの導入と重なってしまった

まず1つ目から。QX-23や他の歴代QXの前転傾向について、自分はなんとなく把握はしていたのですが、毎年ちゃんと安定してテイクオフできていることから、今年も大丈夫だろうと考えていました。しかし本番2週間前、実機のテールを自分で持って機体を支えた時、あまりの前転モーメントの強さにこの問題はちゃんと対策しないとヤバいと把握しました。およそ8kgの力がテールバーに加わっていたのです。これではテール持ちは全力で走ることはできないし、手を離した後機体の頭が下がって最悪墜落してしまいます。そこで、テイクオフ時に十分な揚力を発生させるための迎角や、そのときのテールを下げる量を計算し、テール持ちに伝えました。そして、走るにつれてだんだんテールを下げて、最後はある迎角で離すということは決めていました。当日は正面から2~3m/sの風が吹いていたので、ちゃんと加速できれば十分揚力が発生し、あとはなんとかなるだろうと思っていました。しかし想定が甘かったです。

テール持ちがテールを下げて揚力を発生させるタイミングも、パイロットが機体に乗り込むタイミングも、この脚がプラホから飛び出すタイミングに合わせる必要がある

https://mtkbirdman.com/team-tinker-3rd-gen-gemini-x-design

ことが頭にありませんでした。当日は

  • 攻めすぎてフライトチームがプラホから落ちないこと
  • 迎角を上げすぎて風に煽られないようにすること(実際、本番では2機前の広工大が煽られていた)
  • テール持ちが持ちやすい姿勢であること(迎角をしっかりつけると姿勢が低くなりすぎ、QX-21のように転んでしまうと考えた)
  • テールバーが折れないよう無理に力をかけないこと(これは後述します)

を考えていました。しかし実際には、テイクオフの終盤にしっかり揚力を発生させることと、それゆえ脚がプラホから出てからテールを離すことは何よりも大事でした。過去QX-14までの9年間の九大のフライトを見ると、QX-18まではテール持ちは機体の脚がプラホから離れるまでしっかりとテールを保持していました。しかし、QX-19から23の4回(QX-20は飛行していない)ではプラホに機体が残っている状態でテール持ちは手を離していました。詳細を説明します。

まず、QX-19ではプラホ上で機体が浮いてそのまま滑らかに飛行に移ったため、テール持ちはそっと手を添えて機体を送っていました。次にQX-21ではテール持ちが姿勢を低くしすぎて転んでしまい、機体の迎角が上がって機体が浮き上がりましたが、パイロットが巧みにコントロールしてテイクオフしました。つまり、この2回はプラホ上で機体が浮き上がりそのままテイクオフしたため、前転の影響は現れませんでした。一方でQX-22では機体がまだプラットホームに接地したままテール持ちが手を離しました。そのため前転の影響が現れ、機体はテイクオフ前に大きく迎角を下げています。我々はこの頭下げを機速不足だと思っていましたが、今考えると完全に前転モーメントの影響です。その後パイロットが重心を下げ、機体は引き起こされました。そしてQX-23でも、テール持ちは機体がプラットホームに接地したまま機体から手を離しました。その結果、頭が下がったままテイクオフしましたが、今年は引き起こすことができませんでした。QX-22では引き起こしができたのに23で引き起こすことができなかった原因は、機体の慣性モーメントが小さく、前転が早い機体だったからだと考えています。簡易計算では0.4秒テール持ちが手を離しただけで迎角は25°下がり、そして100 deg/s程の角速度が発生します。それだけ迎角が下がると主翼は負の揚力を発生させ、よりテイクオフ後の落ち込みを助長させます。パイロットは引き起こしのため重心を下げましたが、そんな状況では重心移動によるモーメントもあまり期待できません。機体はフゴイド的に引き起こしの挙動を見せましたが、結局間に合わずに水面に墜落してしまいました。パイロットに大きな怪我がなくて本当によかったです。QX-22と23とで特に前転モーメントの影響が強く出たのは、機体の頭が下がれば下がるほど、脚の接地点が機体から離れてより前転モーメントが強くなるという性質が原因だと思います。一旦迎角が下がってしまえば、加速度的に頭が下がっていくのです。

QX-18までは守られてきたテール持ちの技術が、コロナを含むQX-19~21のイレギュラーによって曖昧なものとなり、22でたまたま墜落が回避されたことでこれでいいのだという認識が強まり、パイロットが機体をコントロールできるまではテール持ちが機体をコントロールするという当たり前の考え方が失われてしまいました。本当に、言われてみれば当然なことなんですけどね。「脚のおかげで発進は安心」という言説をそのまま信じていたことも原因の一つかもしれません。

なお、テール持ちが手を離した後にテールが跳ね上がるかどうかは、乗り込み練では知ることができませんでした。何度も本番を想定して乗り込み練を行い、TFでもテール持ちがピッチの感覚を掴むことは大事にしていました。特に前転傾向を認識してからの乗り込み練では、手を離した後の機体の前転モーメントが致命的かどうかを確かめようとしました。しかし、乗り込み練やTFでは機体を離した後必ず誰かが支えなければなりません。なるべく本番の環境をイメージすることは大事ですが、テール持ちが手を離した後の本当の機体の挙動は、やはり本番でしか知ることができません。まあ、さっさと前転計算をすれば良かったじゃんと言われればぐうの音も出ないのですが、なかなかその時は思いつきませんでした。

だから、引き継ぎをしっかりしなければいけません。いつか未来の世代が、前転問題を”発見”して対策しなくてすむように、残す必要があります。そして、引き継ぎには”口伝”と”資料”の両方が必要です。どちらが欠けても良くないです。

口伝のみでは、どこかの世代で伝え忘れたら終わりです。特にこのような形に残らない”考え方”は、きちんと資料として残さなければすぐに失われます。逆に資料のみでは誰も読みません。古い本棚やOneDrive、Slackの奥に眠ってしまった資料は何年後に発掘してもらえるかわかりません。さらに、あらゆる情報は古くなります。必要に応じて内容を更新しなければ、その資料は価値を失うでしょう。情報を1箇所に集め、資料化すること。そして、その情報を毎年”直接”伝え、必要があれば更新すること。これが理想的な引き継ぎだと思います。まあ、それがうまくいかなくて過去の先輩や他のチームでも引き継ぎは苦労するのでしょうが…あくまで理想論です。そもそもこれだけ膨大な知識を学生サークルで完璧に引き継ぐのは無理だとも思っています。少なくとも、形に残らない”経験”は失われないようにしたいですね。その意味では、この作業日誌は理想的な引き継ぎに近いと思います。

次に、2つ目のテールバーの話をします。九大ではちょうどQX-22から本格的にテールバーを導入しました。テールバーとは、テール持ちが持ちやすいように、あるいはテールヘビーの解消を狙ってテールの一番後ろから生やす棒のことです。テールバー構想はQX-20からあったようですが、22で実装されました。QX-22ではφ30程度の落ちていた桁を用いてテールバーを製作したのですが、 本番を経験して、強烈な前転モーメントを受けるには強度が不安だということがわかりました。とはいえ、当時はまだ前転モーメントの正体や重要性を認識していなかったこと、テールバーはテール持ちが満足いくように作ればいいと考えていたことから、3月末ぐらいにようやく具体的な議論を始めました。恥ずかしいのですが、その時点では脚の接地点と重心位置がずれているという認識がなく、前転モーメントの正体をうまく捉えられていなかったので、一体どれぐらいの強度があればいいのかわかりませんでした。とりあえずテール持ちの体重60kgの力がテールバーの端にかかる想定でいれば余裕だろうとだけ考えていました。そして4月、これまた落ちていた桁を用いてテールバーの荷重試験を行った結果、安心して端にかけられる荷重はせいぜい10kg程度ということがわかり、剛性、強度不足が判明しました。その時に自分がDiscordに送った文章をそのまま載せます。

今日の荷重試験を受けてテールバーの直径がやはり小さめで剛性が不安だと感じました。 そこで案として次のように考えました。意見お願いします。

  1. 今の桁のまま進めて、胴体もカットする。元々の案。乗り込み練で色々試してみて大丈夫そうなら。
  2. 今の桁のまま進めて、舵面の下パーツをつけずに胴体のカットは最小限にする。一番安全策。
  3. 外注する。おそらく納品まで3週間程度かかるので、飛行試験にはギリギリ間に合うかどうか。満足いくものが作れるとは思う。去年も最初の飛行試験後に作り直していたので、最悪1回目の飛行試験には間に合わなくても耐えるか。ただその場合は胴体のカットが遅れてしまう。
  4. 自作する。ナフコかビバホームで直径30mm程度のアルミパイプを買ってきて自前で積層する。労力はかかるが、時間とコストは削減できる。焼きの申請をしなければならない。
  5. QX-22とか他の過去の機体の桁から新しく探す(追記:QX-22の直径は36.2mmで、[尾翼班長]からは使っていいと許可を得ました。)


結局スケジュールと金銭的に5が採用されました。そしてQX-22尾翼桁の荷重試験を行なったのですが、なんと実機換算で12.5kgの荷重がかかったとき、桁が折れてしまいました。幸いテールバーに使える分だけの長さは残りましたが、クラックが入った可能性や、何より強度の限界が見えてしまったことで、「テールバーが折れてはいけない」という要請が生じました。「前転のモーメントがかかりながらもしっかり機体のピッチコントロールができるだけの強度、剛性がなければならない」という要請があったのにもかかわらず、無理に力をかけると折れてしまう恐怖が生まれてしまいました。しかし、結局他の案もなく、その桁をテールバーに使って「12kg程度の力がかかりそうなら無理せずテールを離す」という方針でいくことになりました。

そして先ほども述べましたが、本番2週間前にようやく前転問題の重要性と、脚の接地位置という正体に気づきます。しかしその時にはもう遅く、ことの顛末はすでに述べた通りです。テール持ちが機体迎角を上げられなかったのは、前転モーメントに負けたというよりは、テールバーの破損を気にしてのことでした。ちょうどテール持ちの引き継ぎが失われてしまったタイミングでテールバーが導入され、正解がわかっていないまま製作してしまったこと。これも敗因の大きな一つだと思います。

脚やテールバーの設計は、基本的にはそれぞれ脚班やテール持ちに任せていました。もちろん設計担当として話し合ってはいましたが、細かい値の決定について深く関与はしていませんでした。しかし、こうして結果に現れたことを考えると、つくづく設計の仕事は「全て」なんだなあと感じます。「設計は空力と構造だけ考えていてもダメ」ということは意識して、なるべく他班の設計・製作に関わったり、理論だけではなくフライトや製作の「実際」を大事にしていたつもりでしたが、そんな程度ではダメなようです。本当に、機体の全てを知り、疑問の余地がないぐらいでないと、ミスは起こると思い知りました。

QX-23の反省点

前転問題や引き継ぎの甘さについては散々述べたので、それ以外について話します。

設計としての反省点は重量管理です。初期に想定していた重量と6kg近くもずれてしまいました。内訳は、ざっくり主翼+3kg、カウル+2kg、胴体+500g。重量推算を間違えたタイミングは2回あります。まずは主翼。これは設計シートの重量推算に3番の重量を加えていなかったことによります。新しく3番を追加した影響で設計シートを書き直したのですが、主翼シート内で算出していた3番の重さが重量推算シートに反映されていませんでした。そのため全機迎角を少し上げて調整しました。次のミスのタイミングは全組時です。設計シート内にもともと記入されていたカウル重量を前提にしていたのですが、それが大幅に違っていてミスが判明しました。また、胴体の重量についても尾翼マウントやテールバーの重量を考慮しておらず(これも考慮したつもりでいたら考慮されていなかった)、重量が増えてしまいました。本当に反省です。全機迎角を少し上げる他、巡航速度も少し上げて対応しました。重量推算のミスは基本設計やフライトそのものに関わる大きなミスですが、一方で、もともと翼型の高速よりで設計していた、つまり使う翼型の最大L/DとなるCLよりも小さいCLで設計していたこともあって、機体性能は犠牲にならず、むしろ向上しました。心の中で「多少重くなっても機体性能的には美味しいし、テールヘビーにならなければ全機迎角と水平のトリム角で調整すればOK」と思っていたことは否めません。重いものを速く飛ばすのが正義だと誰かも言っていました。とはいえ、まさかこんなに増えるとは思っていませんでしたが。機体が重くなることで翼面荷重が増え、失速速度が上がることが心配でしたが、比較するとそれほど変わりませんでした。一方でフィルムや二次構造の変形が大きくなり、翼型の再現性が下がることは本番ギリギリまで心配していました。フィルムや二次構造の変形については、いつか実験して定量的に確かめたいと思っています(願望)。

QX-23の全体的な反省としては、ガチすぎたという意見を結構耳にしました。全桁焼き直しに新要素盛りだくさんと、チームのリソースを製作に振りすぎてしまい、おしゃべりしたり遊んだりと気軽に楽しむサークルの雰囲気を多少なりとも損ねてしまったと。確かに作業量は多かったのですが、作業量そのものは問題ではないとも思っています。むしろある程度作業量がないとモチベーションも維持できない。それよりはむしろ、作業を班長代で独占してしまったのが良くなかったなと思います。厳しいスケジュールの中製作を間に合わせるためにNC熱線やらレーザーカッターやらが導入され、九大にとって初めてとなる作業が増えました。それを班長代がメインとなって開拓していったため、後輩はどうしたらいいかわからなくなってしまったということです。ただ、正解がわからないからと言って新技術を否定してほしくないなとは思います。九大にNCフライスが導入されたのは比較的最近のことです。最初は限られた人しか使っていませんでしたが、今では全班が何かしらの形でNCフライスを活用しています。やっぱり道具は便利なものです。新しい道具があれば、新しいことができます。新技術によって作業量が減り、人が来なくなるという意見もありますが、自分はそんなことはないと思います。新しい技術は、新しい仕事も生みます。必要でなくなった作業はどこかの資料に残して、新しくできるようになったことを考えること、そしてそれを後輩に引き継ぐことが大事ではないでしょうか。今年は特に変化が大きかったですが、やがてその作業は広まってある形に落ち着くんだろうと思います。そもそもQXのXはExperimentalのXです。この伝統と革新の連続こそが九大の魂ではないでしょうか(開き直り)。ただ、今年は後輩を巻き込むのが下手だったことは否めません。

QX-24に向けて

前転問題については、そもそも前転モーメントを発生させないようにする。これが最も有力で根本的な解決策だと思います。テール持ちが全力で走りながら、姿勢を低くして、この10kg近い力を支えるのは酷です。また、脚やコの字金具にも負担が大きい。これまではテール持ちの方向安定をとる理由で脚に角度をつけ、重心位置より後ろに脚の接地点が来るようにしていましたが、一方RTRの脚は重心位置より前にあるのにテイクオフを成功させています。プラホ上で細かな旋回を行うならまだしも、助走はほぼ直進なので、この方向安定はそこまで重視しなくて良いと思います。QX-24では脚の角度をもっと立て、前転モーメントを軽くする予定です。

もう一つの方針は、引き起こしをエレベーターで行うことです。九大は2年連続で満足な引き起こしができていません。QX-22はテールヘビー、QX-23は頭下げです。このどちらのケースも、重心移動では限界がありました。定常飛行に入ったあとは重心移動でも良いですが、機体の姿勢がクリティカルになるテイクオフ〜引き起こしにおいては、エレベーターを使うことを来年は強く推したいと思います。

QX-24では全体設計、構造設計、空力設計と、設計に三役をおいています。これは引き継ぎを狙ってのことです。構造と空力設計はB3、全体設計はB4が担当します。全体設計の役割は、「引き継ぎ資料を書く」ことと、「コミュニケーションをとる」こと。その年に何が起こり、そしてどのように行動したのか、そういった経験を資料に残し、後世に残すのが一つ。そしてもう一つは、構造・空力設計に限らずさまざまなメンバーとコミュニケーションをとって設計の考えを引き継ぐことです。遠い未来と近い未来に設計を引き継ぐ。そうすれば、「機体の全てを把握する」ことも自ずと達成されると思います。構造設計や空力設計は全体設計から引き継ぎを受けながら、同期の班長代とコミュニケーションをとって設計の輪を広げていく。QX-24では定期的に設計会議を開いて設計どうし、班長どうしの交流を行い、また設計勉強会を開いて設計の入り口を広げようとしています。

40年あるチームの経験を、後輩に残していきたいものですね。

大会スケジュール

ようやく普通の「振り返って」の本題に入ります。

大まかなことは先輩らが書いてくださっているので、特に大事だと思ったことや自分に関係のあったことを書いていきます。

7/26(水)積み込み

トラックやキャラバンを受け取るまでは良かったが、本気ウマの間隔をミスって一度ガチコしなおしたため、積み込みに時間がかかった。また、トラックのエンジンを切ったままパワーゲートを多用していたためバッテリーが切れ、真夜中に業者に来て対応してもらった。

7/27(木)フェリー組出発

記念写真をとって無事出発し、フェリー乗船。

7/28(金)フェリー組到着

テントの設営ができなかったため、買い出しが済んだらあとは彦根城なんかをぶらぶらしていた。夕方にはパイロットの安全講習会に参加し、全チームのパイロットが勢揃いしているのを見ておおー、と思うなどした。Tinkerの方には仲良くさせていただいた。ご馳走様でした。

7/29(土)テント設営&ペラ部門

もう湖岸道路に行って搬入してもいいよ!という電話を自分が受けることになっていたため、トラックに乗って会場へ向かった。最後の最後で折れる道を間違えて遠回りをしてしまったので、駐車場直前は慎重に道を確認すべし。そんなこんなで電話待ちをしていたが、ここで機体のセルフチェックリストと重心測定の紙をパイロットに渡しておいてとの連絡が代表から入る。当然自分はもうパイロットとは別行動をしているので、慌てた。パイロットに電話してもつながらず、結局同期にテントまで走って届けてもらった。マジでありがとう。選手受付の時に設計書類は提出するから事前にパイロットに渡しておく。これテストに出ます。その後テント組んで機体組んでをした。事前にどんな配置にするかを図で示してくださっていたので割とスムーズに組めた。機体審査は特に問題なく合格をいただきました。しかしここでトラブル。主翼のオサムくんがゆるく、主翼を挿した状態でしっかりねじりどまらない。まあ、あくまでオサムくんは挿す時のガイドであり、ねじれは端リブで受け持つようにしていたので致命的な問題ではなかったが、気持ちのいいものではない。結局、翼を接合させる前に端リブの表面にエポを塗ることで、接合部をガチガチに固定しようという結論になった。また、主翼のフィルムが1箇所破けたので主翼班でフィルム貼りをしていた。ペラ部門の様子をちょくちょく伺って、進行が遅れてそうだと思っていたが、やはりwindnautsが翌日に行われることになって、果たして4番機の我々のフライトはノーツが飛んでいる間に行うのか、それとも帰ってきてから行うのかを気にしていた。夜寝るために桁をテントに入れる際、主翼の桁が増えた関係でテントに主翼全部が入るかどうか心配していたが、無事入った。18時ごろに湯どころに行き、帰りに牛丼のお持ち帰りを頼んだが、このお持ち帰りが意外と時間がかかってしまったので夕飯は素直にイオンやコンビニで買うのがいい。その後21時からホテルでフライトチームとミーティングをした。

7/30(日)滑空機部門

全然眠ることができないまま3時ごろ起床して電装試験開始。キャノピーを最終的に固定するタイミングでスマホ用の防水ケースをベースバー付近に貼り付ける。4:30からテントをどかしつつ機体を浜まで移動させる。主翼をどんどん組みながらプラホに向けて移動していくが、隣のチームと干渉するので、適宜声を掛け合う。他チームにお願いして駐機場を貸してもらう場面もあった。声掛けをしていく中で、やっぱり大きな声は大事だと思った。拡声器便利。加えて、指示者が皆が見える位置にいることも大事。主翼は割とスムーズに組んでいくことができ、特に問題は発生しなかった。前日オサムくんがゆるくなっていた接合部にはエポを塗った。トリムは縦のみとることにしていたので、ウィングレットは早めにとりつけた。プラホ前に着いた時点でまだノーツが飛行していたので、結構待ち時間が存在した。日差しが強かったので主翼の除光シートをかけることにし、その後は適宜翼持ちを交代しながら緊張して過ごしていた。スマホでパイロットと通話するテストをしていたが、購入した使い切りsimがドコモ回線だったため一向に繋がらず、結局通話は行わないことになった(スマホは搭載したが)。そろそろ移動を開始する雰囲気になると、スマホのGPSログと録音をONにしてコックピット内に設置。いよいよ桟橋の上を気をつけながら移動する。前の機体がどんどんフライトしていく。RTRが一瞬水面を擦ったり、広工大が風に煽られたりしていたので、風が不安になり、風に煽られないことを考えていた。そしてプラホに登る。脚や電装の不具合がないか、万が一のケースに備えながら機体を置く。そこからは一瞬だった。あっという間にフライトの瞬間がやってきて、3,2,1,GOの合図で機体が発進した。左翼が柵ギリギリを超えていくのが見えて、一瞬引っかかるのではないかと緊張が走った。そのまま機体は前進し、テール持ちが手を離したタイミングで機体は思いっきり頭を下げ、視界から消えた。QX-22でも同じ光景を見たので、また下から機体が現れるのではないかと思って注視したが、機体が現れることはなかった。まさかと思ってプラホを駆け、下を覗くと、そこには大破したQX-23があった。「マジか」という思いしか頭になかった。プラホから降りて回収に向かう。前日にオサムくんがゆるくなっていたことを思い出し、もしかして主翼が捩れたのか、自分が導入したカーボンリブのせいなのか…いや、まさか…と思いながら機体を見て、あまりの大破具合に衝撃の強さを想像した。しかし、カーボンリブはどこも折れてはいなかった。カーボンリブがねじ切れた可能性は排除して、やはり前転モーメントかという結論に達した。まじか、わかっていたのに…という悔しさばかりが頭にあった。なんだかんだで回収も終わり、その後は元班長代を琵琶湖に投げたり投げられたりしていた。OBの挨拶があって、新入生の挨拶があって、昼ごはんを食べて、新幹線組を見送って、頑張って撤収した。撤収は新幹線組にも手伝ってもらうべきだった。結構しんどかったです。

7/31(月)フェリー組出発

大津経由で大阪まで車で移動した後、時間を潰すために貿易センターに行ってガチャガチャをしたり化石発掘体験をしたりして遊んでいた。夕方にはフェリーに乗って、わいわいやりました。

8/1(火)フェリー組到着

昼頃には九大について、本格的に撤収。最後にトラックとキャラバンを返却して、作業場で班長代最後の写真を撮り、QX-23は幕を閉じた。

長文になってしまいましたが、ここまで読んでいただきありがとうございました。たくさんの人の協力のもとプロジェクトQX-23を終えることができました。この経験は確実に自分の糧になったと思います。そして、あと2年は関わる予定なので、どうぞこれからもQXをよろしくお願いします。

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