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鳥人間コンテスト2026を振り返って ver.森山

執筆日:2026/07/31 その後度々加筆及び修正

先日行われた鳥人間コンテスト2026をもって引退しました、QX-26執行代の森山です。数日間ほど引退した実感が湧いていませんでしたが、先日まであんなに忙しく動いていたDiscordがほとんど動かなくなっているのを見て、引退を少しずつ実感しています。記憶が新しいうちにこれを書こうと思います。

まず皆様思っていることがあるかと思います、「なんでお前がこれを書くねん」。実はQX-23のときからずっと、時系列での記録を残していたんですよね。でも、ずっとスマホの中に眠らせたままにしていました。(これを世間は「ただの自己満足」と呼びます。)しかし今大会、主翼としての仕事もほとんどなく、執行代としてチームの運営や活動記録の作成、写真の撮影等に専念できると判断し、「後輩たちの役に立つことをしよう」と考えた結果、鳥コンの振り返りを執筆することにしました。(結局ただの自己満足じゃねえか)自分自身が見たりやったりしたものをメモしていたので、他の人が書いてないようなことだとか、Discordに残っていない内容も書かれているかと思います。せっかくの機会ですので、QX-23からQX-25までの分も近いうちに部のnotionに書き残そうと思います。

先に言っておきます。この「振り返って」めちゃくちゃ長いです。書きたいことを全部書いていった結果、自分でも引くレベルで長い「鳥人間コンテストを振り返って」になってしまいました。そこらへんの短編小説よりも遥かに長いものになってしまったので、暇を持て余しているときにでも読んでください。「バカは話が長い」という言葉がありますが、僕は同期の中では比較的ポンコツ寄りだったので、これくらい長くても許されるでしょう。(←そういうことではない)

琵琶湖の振り返り

時系列に沿って振り返っています。バカみたいに細かく書いてあるので閲覧注意です。参考にはなるかもしれませんが、万人受けするようなものではないと思うのであしからず。

7/23(木)

9:50 九大学研都市駅に到着し、その足でイオンで買い出し。この買い出しは毎年秒で終わっている気がする。

10:18 買い出し終了

10:24 伊都のトヨタレンタカーに到着

10:33 レンタカーの受け取りが完了し、九大への移動を開始する。向かう道中で、車検証のコピーをするためにコンビニに寄った。

11:04 農学部のあたりに車を停めた。ここからしばらくは暇だったので、学食で昼飯を食べたり、研究室で休憩したりしていた。

12:36 トラックの前で記念撮影。

12:57 農学部の前に停めたシエンタを取りに行き、その流れで伊都キャンパスを出発。農学部までは部車で送迎してもらった、ありがとう。

13:45 古賀SA到着、ここでは着いた人からフェリーの乗船名簿を書いた。影島や富永がトミカを買っていた。楽しそう。

14:29 古賀SA出発、ドライバーを上岡にチェンジした。途中にある直方PAのところで、運が良ければ新幹線とかなり近くで並走して走ることができます。良ければ来年以降フェリーで行く人は注目してみてください。

15:16 乗船前にセブンで買い出し。髙橋と一宮が煙草を吸っていた。

15:29 買い出しを終え、フェリー乗り場に到着。昨年までは神戸行きだったが、今年は泉大津行きということで、昨年よりも一つ奥の乗船ターミナルへ。システムエラーにより乗船手続きに少し時間がかかったが、問題はなかった。乗船自体はスムーズに進んだ。

17:30 フェリー出航。男子部屋は乗船人数16人に対して、32人分のスペースが貸し切りだった、運がいい。空間を広く使って休むことができた。この後は風呂入ったり、レストランで夕飯を食べたり、B4の後輩たちと大富豪で遊んだりした。大富豪は3回やって2回大富豪、1回大貧民という、めちゃくちゃ極端な結果。自分はどうやら0か100かの人間みたいです。ローカルルールの一つ「スぺサン」が通じなかったのが意外だった。

21:00 就寝

7/24(金)

4:25 起床

4:28 明石海峡大橋を見にデッキへ。この時間だと暑さを全くと言っていいほど感じないのでめちゃくちゃ気持ちがいい。フェリーの出発時刻及び到着時刻が例年よりも1時間早いこともあり、起きている人が少なく、自分が確認した限りでは自分と影島と池辺と一宮だけだった。髙橋も起きていたというが、自分は見ていない。

4:34 明石海峡大橋通過、やはり何度見ても圧巻の光景。この後は下船の準備をしつつ朝食を食べた。

5:54 フェリー内で今後の動きに関するミーティング

6:09 下船し、大津SAに向かい始める。途中の桂川PA付近で渋滞にはまった。適宜途中のPAで休憩をはさみながら移動、無理しないのは大切。

7:54 大津SA到着。部車が途中休憩+給油により、他の車よりも大幅に遅れたため、しおりに書いてある時間に従い、部車以外が先に大津SAを出発することになった。どうやら今朝水を飲みすぎた電装班長の頻尿が発動したとのこと。そのため、ここでの記念撮影及び全員そろっての点呼は行わなかった。また、トラックの中の状況を確認したところ、主翼のところのプチプチが一部取れていたため対応。班長代を中心にボルト等のゆるみが無いことも確認。また、主翼のレンチの位置もトラック後方に変更した。レンチの位置変更の連絡もDiscordできちんと行っていたので、鳥コン本番での積み下ろしがより円滑になったと思う。

8:39 大津SA出発

9:35 彦根アートホテル到着。このとき、シエンタ1台は彦根シエンタ1台を受け取りに、トヨタレンタカー彦根店に寄ってからアートホテルに向かった。今年は、車の数に余裕を持たせるために、彦根シエンタ4台のうち、1台を先に受け取り、残り3台を夕方受け取る予約の形にしていたため、こういった動きになった。

10:01 全員がアートホテルに到着したので、買い出し組と観光組に分かれる。自分は自ら立候補して買い出し組に。去年は富永と一宮に連れられてフードファイト観光になったので、買い出し組で助かった。あの時の二人はマジで人の心無かった、もう勘弁してくれ。楽しくなかったかと言われれば嘘になるけど。

10:21 中村、大城、中里と買い出しに出発

10:28 極楽湯に到着し、回数券10枚綴り×5を購入。

10:38 極楽湯出発、カインズ彦根店へ

10:52 カインズ到着。先にカインズで買い出しを行っていた組が買えていなかった冷えピタ、トイレットペーパー、土嚢袋を購入。

11:32 買い出しが完了し、昼飯を食べに行く。

12:21 志な乃で昼飯。冷麺の名前を借りただけの冷やし中華を食べた。盛岡冷麺みたいな透明っぽいモチモチした麺を期待していたのでちょっと残念。駐車場が空いていなかったので、車は近くのコインパーキングに停めた。

13:10 ラコリーナに向けて出発

13:19 ラコリーナに到着。バームソフトを食べたり、お土産のバームクーヘンを買ったりした。一緒に行動していた3人と「明日から本番っていう感覚ないね(笑)」って話をした。それくらいには優雅な時間を過ごしていた。他の車はバッティングセンター行ったり、温泉行ったり、快活でゆっくりしたりしていた。自由時間とは言えども、ここまで個性が出ると非常に面白い。カウルB4トリオが仲良くアザラシのぬいぐるみを買っていた、可愛すぎるでしょこの人たち。お土産のバームクーヘンは、ホテルに3泊するトラックドライバー兼フライトチームの山口の部屋で預かってもらうことにした。快く引き受けてくれた山口には感謝しかない。今度飯奢ろう。

15:02 ラコリーナ出発

15:47 彦根アートホテル到着。到着後は着いた人から順にホテルの宿泊者名簿を書いてチェックイン。この後のスケジュールの共有をして各自荷物を部屋に置きに行った。洗濯の時刻もここで決めた。

17:03 追加の彦根レンタカー3台を受け取りに出発

17:17 彦根レンタリースに到着

17:26 レンタカーを受け取り、富永と2人でパイロット鈴嶋を迎えに彦根駅へ向かう。

17:34 鈴嶋を拾ってアートホテルに荷物を置いて、そのまま安全講習会に向かってもらう予定だったが、道路渋滞が激しく、ホテルに寄る余裕がなさそうだったので、鈴嶋には彦根駅から徒歩で説明会に向かってもらうことにした。鈴嶋の荷物を一部預かって富永とホテルに戻った。いろいろ振り回してしまって、鈴嶋には申し訳ないことをしてしまった。

18:05 アートホテルに戻り、洗濯の準備をしたり、荷物の整理をしたりした。

19:08 洗濯を回した、毎年のことだが、たくさん安全ピンを持ってきている人と、忘れてきている人で別れた。自分はちゃんと持ってきていたので良かった。ちゃんと持ち物はしおりを読んで確認しておこう。

19:27 晩飯兼朝食の買い出しに出発with影島、大城、三堂。全員同期とはいえ、割と珍しい組み合わせ。なんなら、5年間で初めての組み合わせかもしれない。

19:34 くら寿司彦根店に到着。実は18:00頃に、晩飯に寿司を食べないかと大城が招集をかけ、店の予約までしてくれていた。大城ありがとう。後輩たちは皆ブロンコビリーに行っていた。

20:36 くら寿司から移動し、イオンで買い出し。

21:02 彦根アートホテルに戻る

21:18 洗濯物を回収した。安全ピンを付けていたので大丈夫かと思ったが、まさか自分と髙橋のものが絡まって大変なことになるとは思っていなかった。ほんまにだるい。あと、山口の洗濯ネットが破れていたのは笑った。どうやら一宮の後継者は彼だったようだ。川平が乾燥機に洗濯物をぶち込んでくれていたおかげで、この段階である程度乾いた洗濯物を回収することができた、ありがとう。

21:26 部屋に戻り、シャワーと明日の準備。このときに、明日湖岸泊するひとは、極楽湯セットを準備し、リュックの分かりやすい位置に入れておくと良いです。特に脚蓋電装チームは、暗くなってから極楽湯に行く可能性が非常に高いので、こうしておくことをオススメします。

22:45 就寝

7/25(土)

6:00 起床。寝付くのは早かったが、途中3:40分ごろに目が覚めてからはあまり寝られなかった。満足のいく睡眠ができたわけではないが、とりあえず朝飯を食べ、チェックアウトの準備をした。

7:02 ホテルのロビーでミーティング、この後すぐに湖岸に直接向かう組はすぐに湖岸に向けて出発した。

7:25 金曜新幹線京都宿泊組を迎えにホテルを出発し、彦根駅東口に向かう。

7:48 後輩を拾って、湖岸に着いた。この頃にはハイエースの積み下ろしはほぼ終わっていた。先に湖岸に向かっていた人たち、ありがとう。

8:07 中村から、トラックの積み下ろしがもうすぐ始まるという連絡が入る。例年積み下ろし開始まで湖岸で1時間近くウダウダしていたが、今年はそれがほとんどなかった。めちゃくちゃ早い。しかも駐機場から徒歩1分もない場所。なかなか運がいい。

8:19 積み下ろし開始

8:32 積み下ろし終わり。やはり駐機場から近かったこともあり、めちゃくちゃ早く終わった。ここ数年でたぶん最速。後輩の人数が増えたというのも大きい。去年の積み下ろし場所と駐機場が遠かった時と比較して半分くらいの時間で終わった。やはり近いのは正義。

8:46 テントの組み立てを開始。熱中症対策で適宜人員を交代したり、休憩を挟みながら行った。例年の傾向上、機体審査やオンボードカメラまで時間に余裕があるので、これくらいゆっくりやってよかったと思う。テント練に多くの人が参加していたこともあり、スムーズに設営が進んだ。駐機場での中村の指揮が良かったというのも大きい。ありがとう。

9:37 ブルシを敷くための細いペグが足りなくなった。真下がカインズに氷を買いに行っていたので、ついでに買ってきてもらうことに。

10:03 主翼テントが立つ。

10:05 大工大着水、2回の旋回成功、24キロ飛行、すごい。(←語彙力)

10:21 0胴テントが立つ。立てたタイミングで、今度は土嚢袋が足りなくなる。

10:29 簡易テントの設営開始、同じくらいのタイミングで0胴が組み上がり始める。

11:01 0胴テントの壁のブルシを一部付ける

11:06 このままだと主翼が日に当たり続けることになりそうだったので、主翼は順次翼にドライヤーをかけ、主翼テントへ。このあたりから徐々に風が強くなり始める。

11:43 ノーツがまさかの飛行禁止区域に着水、というかほぼ着陸。湖岸全体が騒然となった。隣の桜美林の人と偶然目が合い、「なんで落ちたんだろうね」みたいな話をちょっとだけした。

11:52 0胴テントの天幕のブルシが落ちかけていたので修復をした。ほうきで天幕を突きながら虎紐を引っ張ることで解決した。同じくらいで1番のドライヤーがけ等が終わり、主翼テントに移動した。

12:01 昼飯の買い出しをしていた大城と影島が戻ってきたため、ハンバーガーの運搬の手伝いをしに駐車場へ。

12:08 運搬が完了し、しばらくの間昼休憩。

12:31 大会側から40分間の競技中断のアナウンス。ノーツもしかり、そのあとの芝浦もしかり、さすがに風のコンディションが悪すぎたか。例年にないくらい風が強い状態だった。ペラ機(特にノーツと芝浦)はかわいそう。

12:40 風が強すぎて主翼が回転しそうだったので、主翼を押さえておく人員に加勢。ここからは翼保持に時間の大半を割いていた。主翼は前日のやることが非常に少ないが、今年は基本的に人員交代しながら翼保持をする感じ。強風の影響もあって何かしらしている時間が長かった。去年とかもっと暇な時間あった気がする。

12:52 主翼3番ドライヤーかけ終わり

13:12 風の強さが考慮されたのか、機体審査で組む主翼は1番だけで良いという連絡が入る。この風に脚蓋チームも苦労してそうだった。風が強すぎて脚が思うように閉まらないらしい。ボタンを押した瞬間にダメフィで風をガードするという方法で何とか脚蓋電装試験を進めていた。他チームも含め、この日はこの後もずっとこの強風に悩まされた。

13:15 強風により本日のペラ機の競技が中止に。マイスター、筑波、東大、アルバの4チームが明日に繰り越された。明日飛ばせるのかなぁみたいな空気が駐機場内に漂う。

13:26 0胴テントの天幕が風で飛ばされそうになっていたので、脚蓋チームを中心に対応。0胴上のブルシの上から虎紐をX字にかけ、テントの足に結び付けることで解決した。

13:39 OBさんからアイスの差し入れがあった。今年の鳥コンでもたくさんの差し入れ及び寄付金を頂きました、本当にありがとうございます。

13:58 キャノピーと水平尾翼以外の機体審査の準備がほぼ整う。

14:05 機体審査の人が来たが、結局審査は翌日になった。後になって思うが、この連絡は上手く回っていなかったと思う。イレギュラーこの上ない展開に振り回されっぱなし。その後しばらくの間は、主翼の保持を中心に行い、時折OBの方々と話した。

15:01 土曜新幹線組送迎組が出発。風が強く、翼の保持等で例年よりも湖岸の人員が必要だと判断して、OB車をフル活用して送迎を行った。OBの皆様、ありがとうございます。

15:22 野営の準備のための話し合い、湖側のテントはブルシカーテンを下ろしたうえで、ペグを打って土嚢を置くことで対応することに。

15:52 相変わらず風が収まる気配がない。この頃には明日の動き及び棄権の判断基準等がフライトチームと執行代を中心に決まっていた。

棄権の判断基準等:10時にペラの最終機が着水していなかった場合は審議、12時までに最終決定。風の条件は、4m以上なら棄権する。もしかしたら風の条件を確かめるために、プラホに近い場所に行かせてもらえないか交渉するかも。明日のフライトチームの出発時刻は当初の9時から変更なし。機体審査の時にフライトチームがいなくてもどうにかなるので早める必要はない。でも、10時の審議の時間には湖岸にいてほしい。

16:25 このくらいから少しずつ新幹線組を送迎したドライバーが湖岸に戻り始める。極楽湯に行く計画もこのあたりで立て終わった。

16:40 この後の極楽湯の動きを同じグループの三堂と打合せ

16:46 0胴テントのブルシ貼りをした。ペグを打ってその上から土嚢を置く予定だったが、ペグを打ってもすぐに抜けてしまうレベルの強風だったので、土嚢を置くだけで対応した。土嚢の数も限られていたので、土嚢1個当たりの土の量を増やした。自分を含め、基本的には手の空いているM2が対応していたが、正直パワーのある富永と一宮がいなかったら無理ゲーだった。ありがとう。これだけでも風問題が大幅に改善された。

17:20 ブルシ貼りが終わったので極楽湯に行く準備

17:41 極楽湯へ出発

17:52 極楽湯到着。ついでにお食事処で晩飯も食べた。湖岸で待っている人のことも考慮していたので、かなり慌ただしく動いた。バタバタさせてしまって申し訳ありません。必勝祈願のかつ丼を食べた。例年は牛丼というテイクアウト飯だったので、より一層美味しかった。

19:10 極楽湯出発

19:17 イオン到着

19:28 イオン出発

19:37 湖岸に戻る。いろいろバタバタしたが、なんとか2時間程度で戻ってくることができた。

19:37 湖岸に戻る。いろいろバタバタしたが、なんとか2時間程度で戻ってくることができた。やはりテイクアウトしないで外食しようとするとこうなるんか。三堂と後輩たちを急かしてしまって申し訳ない。後から気づいたことだが、今年は別に「外食は時間かかるので晩飯はテイクアウトにしてください」的なアナウンスはされていなかったらしい。ここまで忙しく動かなくても良かったのかなと思った。いや、やっぱり湖岸で待っている人のためにもある程度は急いだほうがいいか。

20:20 後輩と喋りながら翼保持をした。このとき気づいたことだが、遊歩道ができて空間が仕切られたことで、テントを張っていたエリアの虫が少なく感じた。加えて風の涼しさもあって快適に寝れそう。翼保持を代わってもらったタイミングで、イオンで買っていたデザートのゼリーを食べた。涼しい夜の湖岸で食べるスイーツは美味いぞ。スプーンをもらうことだけは忘れずに。

21:00 明日の早朝の運転に備えて少し仮眠、やはり気温的には圧倒的に寝やすい。

21:30 仮眠から起きる、快適な睡眠だった。このときはまだ蚊がそんなにいなかった。

22:06 主翼テント部分のブルシカーテンの調整をした。風通しが良く寝やすい環境を崩さないようにブルシを下ろすのに少し苦戦した。

22:13 主翼テントの壁ブルシの設置完了

22:45 極楽湯から帰ってきた大城から明日のホテル宿泊組の送迎用の車の鍵を受け取って就寝。このあと蚊が大量に襲い掛かることを、当時の自分は知るわけもなかった。

7/26(日)

3:20 起床。気温のコンディションは良かったが、風が止んだくらいのタイミングで蚊がかなり発生したので、虫刺されの影響で想定よりはあまり眠れなかった。それでも比較的ちゃんと寝られた方の湖岸泊だったとは思う。QX-24のときの暑すぎて全く寝られなかったときと比較したら明らかに今年の方がよく眠れた。起きたときには、昨日あれだけ強かった風も止んでおり、波も穏やかになっていた。この段階では自分は飛ばせると思っていた。

3:28 目を覚ますために新たにできた遊歩道をランニングした。めっちゃ走りやすかった。他にも走っている人は割といた。この後は、送迎のためホテルに出発する時間になるまで、朝食を食べたり、お手洗いを済ませたりした。

4:16 ドライバーが全員揃っていることを確認して、湖岸を出発。ホテルに宿泊している1年生を迎えに行く。ホテルに着いたら1年生のこの後の流れを説明して、そのまま車に乗り込んでもらった。

4:55 1年生を乗せて湖岸に戻ってきた。例年であれば1年生が湖岸に到着したときはまだ辺りは真っ暗であったが、今年はフライト順が遅いこともあり、既に空が明るくなり始めていた。

5:00 1年生に鳥Tを配った。自分も着替えた。このあたりで今まで履いていた靴を脱ぎ、マリンシューズに履き替えた。

5:22 0胴テントのブルシカーテンの解体が始まる。ブルシを畳んだり、簡易テントの解体をしたりといった作業は1年生がたくさん手伝ってくれた、ありがとう。その後の準備も順調に進んだ。既に明るくなっていたというのもあり、物を探すのに要する時間が例年よりも少なかったのが要因か。いつの鳥コンか忘れたが、クリスタルを探して暗い中10分くらい駐機場内を彷徨い歩いていた記憶がある。

5:56 ペラ機の競技開始、マイスターテイクオフ。

6:07 0胴テント本体の解体が始まる。

6:13 主翼テントの解体が始まる。

6:19 機体審査が来た。まだオンボードカメラも来ていないというのに。

6:24 コックピット周りの緩衝材をしっかりしてもう一度機体審査を受けることになった。

6:51 オンボードカメラが来た。

6:58 マイスター着水、20キロ越え。久しぶりに強いマイスターを見ることができて個人的には嬉しかった。

7:25 筑波フライト終了

7:37 オンボード終わり、このあたりから日が差して暑くなってきた。1週間くらい前の天気予報では曇りで最高気温は32度くらいという予報だったので、天気予報にはしっかりと裏切られた、許せん。

7:42 0胴+カウル+水平をテントから出し、機体の全てがテントから出る。

7:50 日が出てきたので主翼を遮光シートで覆う。

7:58 東大フライト終了

8:01 キャノピー取り付け開始

8:21 阪大テイクオフ

8:33 主翼を左翼1番から差し始める

8:47 左翼1番を差した

8:57 右翼1番を差した

9:01 左翼2番を差した

9:08 阪大フライト終了、とりあえず10時までに全てのペラ機が着水したので、審議をすることは今のところはなさそう。

9:10 前の法政が動き始める気配がないので、翼差しを一度中断し、遮光シートで覆った状態でウマに置いた。

9:16 人力プロペラ機部門が終了したタイミングで大会運営から20分間の休憩のアナウンス。滑空機部門開始は9:35くらいか。

9:34 滑空機部門開始、この頃には左翼3番までの翼差しが終わっていた

9:49 大会運営からの連絡により、前の法政を追い抜いてプラホへの移動を開始した。このあたりで主翼の翼差しはほぼ終わっていた。最終的には法政が九大の前に出たが、どのタイミングだったかはよく覚えていない。

10:04 再び機体審査が来た。

10:09 トリム取りをするために、一時的に主翼の遮光シートを外した。

10:19 トリム取り開始

10:23 前後のトリム取れた。

10:27 左右のトリム取れた。なんと一発でトリムが取れた。ウィングレットの重量調整がそれだけ上手くいっているということだろう、素晴らしい。

10:37 23の窓を閉じてさらに移動。ペラ機が4機も翌日に繰り越されたことによって、滑空機は例年よりもかなり速いペースで飛ばしていた。例年だと、前のチームがテイクオフする頃には次のチームはスロープの手前で待機していたが、今年はスロープをある程度上ったプラホの直前のところで待機していた。ロスタイムを極限まで削減しようとする大会運営側の意図がくみ取れる。ここからの移動は、1機飛んだら動いて、また1機飛んだら動いての繰り返し。例年よりもテンポが速く、かなり慌ただしかった。

10:45 ウィングレットの取り付けを開始

10:50 左翼ウィングレットの固定完了

10:57 右翼ウィングレットの固定完了、左右で個体差が出ないように、2つのウィングレットを同じ人が固定した。

11:04 右翼23のクリスタルを貼り忘れていたことに気づく。すぐに対応。主翼班長の「あぶねぇ、気づいて良かった…」的な表情が見えた。

11:12 移動して、展開上の2つ手前あたりの場所で記念撮影

11:23 主翼に遮光シートを再びかける。プラホがかなり近づいてきており、周囲のチームメイトが皆緊張し始めた。記憶が定かではないが、このあたりで飛ん女が飛んだ。これくらいから風のコンディションが怪しくなり始める。

11:50 OBさんが昼飯のウィダーを配布してくださり、プラホにもっていく用のクーラーボックスの準備もしてくださった。ありがとうございます。

12:05 1個前の法政が飛んでから40分間の昼休憩に入ることが大会運営から伝えられる。応援団も競技再開まで待機するということだった。

12:25 予定が変更され、風が強いため、法政の後休憩を挟まずに飛ばすことになった。今後の動きが二転三転して大変だった。このあたりで、「もしかしたら今年は飛ばせないかもしれないな」と思った。でも、これが自分にとっての引退試合かつ、後輩たちの頑張りをここまで見てきた以上、最後の最後まで希望を捨てずにはいられなかった。実際、自分も翼支持を手伝いながら、後輩たちに「まだ希望を捨てるなよ」と言い続けていた。

12:27 転回場到着。脚蓋電装試験と主翼の12窓閉じが同時進行で行われる。このあたりで、主翼のプラホメンバーの一人一人に「頑張ってきて!行ってらっしゃい!」と最後のエールを送った。

12:44 風が強すぎて前の法政が飛べず、プラホから転回場まで下りてくるということなので、転回場の手前まで後退した。ここまで二転三転したのは初めてのこと、勘弁してくれと思った。大会運営からのアナウンスにより、ここから40分間の休憩に入る。

13:20 このあたりで法政がプラホから降りてきた。休憩時間の終了時刻が迫ってきた。もう祈ることしかできなかった。

13:43 大会中止のアナウンス。一番聞きたくないアナウンスを耳にした。いやぁ、マジか。うっすら覚悟していたとはいえ、やっぱりショックだった。目と鼻の先に、あんなに近くにプラホがあるのに、飛ばすことができなかった。優勝が遠く感じることは何回もあったが、プラットホームが遠く感じたのは今回が初めてだった。プラホと白波が絶えず発生し続ける琵琶湖を見ながら少しの間呆然としていた。自分が出場してきた過去4大会は滑空機も人力プロペラ機も全チーム飛ばせていたので、心のどこかで「琵琶湖に着いたら自チームのフライトが見られる」と思っていた。

法政は本当にかわいそう。プラホまで登って、一旦下ろされて、最終的には大会中止で飛ばせず。これ以上ないメンタルの抉られ方だったと思う。たらればだが、九大が一時期法政を追い抜いてプラホに向かっていたが、もしそのまま法政よりも先に九大が飛ばすことになっていたとしたら、九大は今年の法政みたいなより一層大変なことになっていたのかもしれない。そんなことになったら全員メンタルもたないよ…まあ、飛ばせなかったという事実だけで見れば同じようなもんか、完全に考え方の問題。

隣にいた中村が泣いていた。5年間一緒に活動してきたが、彼の涙は初めて見た。1年間代表を担ってきた分、今大会への思いは強かっただろう。少しの間彼のそばにいた後、主翼のサポートに回った。班長代では鈴木が一番悔しそうだった。他の班長代も悔しかったとは思うが、いつも通りの自分を演じようとしていた。流石に後輩たちがたくさんいる状態で気を遣わせたくはないか。どうやら自分が見ていないところでたくさん泣いていたみたい。

13:51 隣の桜美林がその場で解体を始めている感じだったので、転回場付近で機体の解体を開始。応援席近くで解体するつもりだったのに。まさかこんな場所で解体することになってしまうなんて。三堂や中里と「いやぁ、苦しいな…」的な話をした。班長代の人たちにはとてもじゃないけど話しかけられなかった。

14:22 冨永と主翼3番を駐機場まで運んだ。風が強すぎて飛ばされそうになった。パワー自慢の富永を擁しても飛ばされそうになったんだから、こりゃ飛ばしたくても飛ばせんわ。このくらいで気持ち的にもある程度吹っ切れた。

14:29 駐機場に戻ったらOBさんと1年生が駐機場の撤収を進めていた。テントの片づけからブルシたたみ、翼保持まで、何から何までやってくださった。本当にありがとうございます、頭が上がりません。来年はこんなOBでありたいと思った瞬間だった。この後は転回場付近に戻ることはなく、駐機場の撤収作業を進めた。嬉しかったのは大会中止になってもなお、チームの雰囲気が明るかったこと。もっとがっくし落ち込んでいるかと思ったが、特に池辺と中里と久保が笑顔で話しながら翼保持をしていたのが印象的だった。特に池辺は主翼班長ということで内心は苦しかっただろうに、ほんとは声を上げて泣きたかっただろうに。気持ちをぐっと押し込んでいつもの明るい池辺でいてくれてありがとう。

15:41 トラックが来たので撤収作業も大詰め

15:53 トラックへの積み込みは他の人に任せて、自分は1年生の送迎をした。

16:17 送迎をして湖岸に帰ってくると、トラックへの積み込みは既に終わっていた。さすがのスピード。このメンタル状態、疲れた状態でも迅速な動きができるのは本当にすごいこと。後輩たちがただただ頼もしかった。安心して引退できるなと思った。

16:31 今度は2,3年生の送迎。助手席の牛島と喋りながら、もう一度彦根駅へ。自分ももうただの「おしゃべりおじさん」なんだなぁと感じた瞬間だった。

16:57 湖岸に戻り、個人荷物を回収。靴が見つからなかった。履き替えた段階でリュックにしまっておけば良かったと後悔した。

17:05 駐機場完全撤収完了、さよなら琵琶湖。

17:23 彦根シエンタで一宮とホテルに向かう。途中で寝ていた一宮が自分に寄りかかって、ハンドルに頭が当たりそうになった。マジで勘弁してくれ、これで俺が事故ったらどうしてくれるんや。

17:38 ホテルに到着し、荷物を部屋に置く。案の定、シャワーを浴びている時間はなかった。

17:57 アートホテル出発

18:09 彦根シエンタ返却

18:26 返却手続きが終了し、宴会会場に徒歩で向かう。このあたりで中村から靴が見つかったという連絡が入る。宴会会場で富永から靴を受け取った。二人ともありがとう。おかげで復路をマリンシューズで帰るという奇行に走らなくて済んだ。拾得物掲示板の誤字で中村と大城からいじられたのは、今となってはいい思い出。「白と黒の靴紐」と打とうとしたら、「白の黒の靴紐」になっていた。疲れていたので全く気付かなかった。まあ、それでもあながち間違っていないだけの靴を履いていたから良かったけど。あと、OBのT橋さんが宴会の開始時刻を堂々と間違えていて、Kさんに怒られていたのは笑った。

18:32 宴会会場に到着。間違いなく、過去一満身創痍の状態で宴会に参加した。雰囲気はとても明るかった。主翼のB4たちがOBさんとニコニコしながら話していて嬉しかった。自分はずっとS田さんやS木祐輔さんの代の人と話していたような気がする。MさんやS貝さんともっとちゃんと話したかったな。案の定、一宮の留年が親にばれた話は大盛り上がりを見せた。あの話で笑わん奴はおらん。隣でS木祐輔さんやS田さんと話しているときも、一宮の例の話を聞かされていたQX-23代表のY下さんの笑い声が絶えず聞こえてきた。

20:34 宴会終了。二次会に参加する現役は少なかった。二次会に行く原の目が、あまりにも限界そう過ぎてちょっと心配だった。翌日元気そうだったから良かったけど。

20:51 影島大城中村と一緒に、S木惠さんの車でホテルに戻った。ありがとうございます。

21:02 ホテルに着き、その足で4人でファミマへ。

21:29 ファミマから戻り、ホテルの部屋へ。すぐにシャワーを浴びた。

22:00 303号室で中村、影島、芝田と少しだけ飲んだ。40分くらいして俺と入れ替わりで大城が入ってきたが、そのまま部屋に戻った。

22:50 就寝

7/27(月)

7:00 起床。もっとギリギリまで寝ると思っていたが、6時くらいに一度目が覚めた。その後も意外と眠れなかったので起こることに。普段はロングスリーパーなのになぜこうなったのか。班長代の時の鳥コンとか、宴会の後ホテルに戻って10時間寝たというのに。例年に比べて全体的に今年は寝るのが下手だった。

9:42 ホテルのロビーへ行き、鍵をフロントに渡してチェックアウト。フェリーの名簿をここで書いた。

10:15 中村、川平、芝田と部車でホテル出発

10:22 川平と芝田を南彦根駅で下ろし、大津SAへ向かう。芝田はこの後学会だったらしい。大変やなほんまに。

10:43 雨が降ってきた。中村と土曜日から本当に天気の運がないなっていう話をした。

11:32 大津SA到着。お土産を買ったり展望デッキで景色を見たりした。

12:05 行きの大津SAで取れなかった記念写真を撮影。

12:17 影島、大城、伊藤、兒玉、池辺と一緒に大津SA出発。この後は観光しながら神戸港へ。それにしても、シエンタに大荷物持った6人はまあまあ狭い。大会前の買い出し、金曜日の晩飯、神戸観光と、ずっと大城と一緒に行動しているな今年。

12:49 吹田SA到着。ここで551を買えるかと思ったけどなかったので、別の場所で買う計画にシフトした。

13:07 神戸方面に行こうとしているヒッチハイクを横目に吹田SA出発。さすがにこの人員と荷物の量でもう一人乗せていくことはできなかった。

13:49 三ノ宮駅近くの駐車場に車を停めた。駐車場の入り方が独特で、スロープ等はなく、エレベーターで車を輸送する形式。まるで遊園地のアトラクションに乗っているような感覚で、車内で盛り上がった。

14:00 兒玉オススメのステーキや(鉄板焼きや)へ。実はここの近くの洋食屋でビフカツを食べる予定だったが、定休日でもないのに店が閉まっていた。そのため、急遽兒玉が提案してくれた店に入った。目の前でステーキを焼いてくれるタイプの店で、臨場感があった。兒玉ナイスセレクト、ありがとう。それにしても、天気といい店休日といい、大会中止後もなんだかんだ運が悪い気がする。

14:46 池辺リクエストで三ノ宮駅内の551へ

14:55 駐車場に戻り、メリケンパークに向けて出発。車内では兒玉と池辺がさっき買った551の肉まんを食べていた。車内中に充満する肉まんの匂い、飯テロすぎる。

15:06 メリケンパーク到着。みんなでBE KOBEの前で写真を撮った。ここでも影島は自由人ムーブをかましていた。どうやらKawasaki Good Times Worldという博物館が気になっていたらしい。休館だった、残念。

15:30 メリケンパーク出発

15:53 スーパーに到着し、お勉強資料と夕食、明日の朝食を購入。

16:42 スーパーでの買い出しが終わり、フェリー乗り場へ

17:05 フェリー乗り場に到着。ここまでの運転は全部影島がやってくれた。ありがとう。

17:35 乗船。皆で乾杯するまでの間は、甲板で景色見たり風呂に入ったりした。

19:35 甲板で乾杯し、お勉強会開始。

基本的には同期やM1の後輩と話している時間が長かった。同期と話しているときも、意外と今年の鳥コンの話題になることは少なかった。なぜか一宮富永庄山を中心に政治の話をしている時間が長かった気がする。居づらかったからすぐに逃げたけど。やっぱり同期全員で話せる時間があればうれしかったなぁ。今度同期飲みやろう。

M1に代表代を頑張るうえでのアドバイス的なものを求められた。正直「これ俺に聞くことか?」とは思ったが、自分がどういった思いでこの1年活動してきたかを後輩に伝えた。この時だけは、本当の意味でちゃんとしたお勉強会をしていたと思う。真下から「森山さん、今から“自尊心”についての話をしましょう!」といって話に誘われたときは、「これから何が始まるんだ?」と思ったけど。あと1年、後悔のないように頑張るんだぞ。

B4たちは終始仲良くしていた。笑うときはみんなで笑って、誰かが泣いたらみんなが泣いてその人に寄り添う。そんなB4の子たちが作る空気が温かくて、愛おしくて、そして本当に可愛かった。湖岸でみんなずっと感情を堪えていたんだろうな。この子たちが今年飛ばせていたなら、どれだけ幸せだったことだろうか。この子たちのフライト後のやり切った表情、そして満面の笑顔を見たかったなぁ。ありとあらゆる心残りが頭をよぎり、少し胸が苦しくなったが、全体を通して楽しい夜を過ごした。

0:13 就寝

7/28(火)

5:38 起床

6:43 フェリーの集合場所へ

7:03 フェリーの客室を出て、ハイエースに向かう

7:24 下船。思っていたよりも下船までに時間がかかった。丹羽が車に乗れずに徒歩で下船していたが、シエンタ1台が拾って解決した。人生初のハイエースの運転。思っていたよりも目線が高い。中村富永と昨日のことについて話しながら運転した。

8:14 古賀SA到着。一宮と富永が朝っぱらから一蘭食ってた。

8:46 古賀SA出発。途中で渋滞に巻き込まれ、「トラックは途中で止まるとめんどくせぇんだよぉ」と富永が若干キレていた。トラックの運転、マニュアル車の運転については、僕はよくわからなかったので、ただ笑うしかできなかった。

9:51 九大着。この後はトラック及びハイエースの積み下ろし及び作業場への収納を進めた。トラックを開けたときに、遮光シートがかかった綺麗すぎる主翼を見た瞬間、今年飛ばせなかったことを再確認してむなしくなった。

11:50 昼過ぎから予定が入っていたので、最後の片づけは他の人に任せて帰宅。帰るタイミングでようやく少しだけ引退を実感した。その後はDiscordの通知を適宜見ながら、QX-26の終幕を見届けた。

運営面での琵琶湖の振り返り

今年の鳥人間コンテストを運営面で振り返りました。去年と比べて改善した点、個人的に気になった点などをまとめました。鳥コン本番前、大会本番中に分けてまとめてあります。もしかしたら、この振り返りの中で唯一役に立つ部分かもしれない。

鳥コン本番前

・去年は福岡レンタカーの受け取りに必要な書類を忘れて、受け取りがかなりグダったが、今年はそんなことは全くなかった。大城ありがとう。また、受け取り可能時刻を買い出し開始時刻と同じに指定していたことで、イオンでの買い出しが終わった後に待ち時間なくスムーズにレンタカーを受け取ることができた。特に、毎年イオンでの買い出しは秒で終わるので、この対応は非常に良かったと思う。

・出発の前日に都市高で事故が起こっており、同様のことが起きた場合にフェリー乗り場の到着時刻が大幅に遅れてしまう可能性を危惧して、積み込みに日に出発前の記念撮影の時刻を前倒しした。今年はフェリーに行き先が神戸から泉大津に変更になっていたこともあり、フェリーの出発が例年よりも1時間早かったため、この対応は良かったと思う。そんなにニートタイムができたわけではないし。あと、撮影の時刻が昼休みにかぶったこともあり、B2やB3のチームメイトもたくさん記念撮影に参加してくれた。個人的には白波瀬が来てくれたのが嬉しかった。

・例年は作業場で行きのフェリーの乗船名簿を書いていたが、今年はフェリーの乗船名簿を古賀SAで書いた。これはなかなか良かったと思う。暑い作業場で書くよりは、冷房がちゃんと効いている古賀SAで書く方が良いのは自明。ここで記入することによって、作成された名簿が点呼の証になるのも大きい。これは来年以降も継続しても良いのではないか。

・今年は行きのフェリーが神戸行きではなく、泉大津行きだったため、例年とは乗船ターミナルが異なった。そのため、例の目立つ建物を意識しすぎたのか、トラックとシエンタ1台が間違えて神戸行きの乗り場に停めていた。首里城のような見た目の目立つ建物が神戸行きのターミナル、その一つ奥にある地味な見た目のターミナルが泉大津行きターミナル。

・例年は金曜日の朝食は大津SAで配っていたが、今年はフェリー内で、女子に必要な分だけ渡して、残りを男子部屋内で分ける方式で朝食を配った。大津で配らなければならない理由はないし、フェリー内は時間的に余裕があるし、早めに配ることができるし、正直言ってマイナスの要素はないと思う。来年もこのタイミングで配っていいはず。

・行きの大津SAに向かうときにおいて、部車が途中休憩+給油によって、大幅に遅れて到着し、結局部車が到着するより前に他の車が出発した。途中休憩に関してはトイレや渋滞もあるので仕方ない部分はあるが、給油に関しては、出発前に給油をしておけばよかった話ではある。レンタカーが受け取った時点でガソリン満タンであることを考えると、足並みをそろえるという意味でも、部車の給油は出発前に済ませておくのが良いと思った。来年は部車のガソリンは満タンにして出発しよう。

・アートホテルは、今年は、金曜日21人、土曜日34人、日曜日21人の予約をしていたが、ホテル側は21人が三連泊し、残り13人が一泊すると思っていたらしい。そのため、ホテルにチェックインする際の名簿の記入用紙が足りなくなった。ホテル側が記入用紙をすぐに印刷してくださったので問題はなかったが、ホテル側と我々で認識がずれていたのは事実。来年の旅行係はこの点気を付けよう。

・カインズでの買い出しは比較的円滑に進んだが、事前にDiscordで共有していた買い出しリストに漏れがあって、足りなかったものを遅れてカインズに来た我々が購入した。これは来年以降穴の少ない買い出しリストを作る参考になるでしょう。

夕方に彦根シエンタを受け取る際、このタイミングでアートホテル行きか湖岸行きか分かる張り紙を配っておくのが良かったと感じる。まあ、後から渡すタイミングはあるのでなんとかなるとは思うが、どうせ配布するなら分かりやすいタイミングで配るのが一番混乱が起きないはず。

・パイロットの鈴嶋をホテルに送る際、最終的にはホテルに行くのを諦めて、鈴嶋には最終説明会の会場まで徒歩で向かってもらうことにした。彦根のあの大通りは夕方の時間は混雑するのはM2の人間なら分かっていたはず。今回は車で送迎しに行ったのがM2の富永と森山だったので、よくよく考えれば、もう少し早く迎えに行く旨を鈴嶋に伝えたり、ホテルに寄ることを最初から諦めて、荷物だけ回収したりということもできたと思う。ちゃんと事前にその辺はしっかり考えておくべきだった。

・洗濯の際、男子組の洗濯機1台を、領収書を受け取らずに回してしまっていた。真ん中の精算機を使って会計を行えば、領収書を発行したうえで洗濯機を回すことができる。ちゃんと領収書は受け取るようにしよう。最終的に川平が責任を負って全額負担することになったが、申し訳ないと思い、川平に割り勘分のお金を渡そうとしたけど受け取ってもらえなかった。そこは素直に受け取ってくれよぉ。

・毎年そうだが、洗濯の際に安全ピンを持ってきていない人が結構いる。複数人が大量に持ってきているから問題なく洗濯が進んでいるが、「誰かが持ってきてくれるやろ」という考え方は良くないと思う。ちゃんとしおりに書いてある持ち物は持ってくるようにしましょう。(とか言ってる私も今年虫よけスプレーを忘れるというやらかしをしました。人のこと言えません、ごめんなさい。)

大会本番中

彦根駅への送迎に関しては、今年はかなり改善されたと思う。行き先を示した張り紙はOBさんにも用意してもらったが、行き先に迷いがなくなり、人員を拾うのがかなりスムーズになった。また、西口を使わなかったのも良かった点。多少ロータリー周辺をぐるぐるすることはあったものの、西口と比較したら明らかに人が少ないし広い。また、去年は彦根駅に速く着きすぎて市民の方に迷惑をかけてしまうことがあったが、これに関しては送迎組が遅めに出発するよりも、単に西口を使わないことの方が大切であると感じた。実際、彦根駅で今年も数分待つことはあったが、去年ほど大変なことにはならなかった。来年以降も送迎の際は西口を使わないようにしよう。

・今年は積み下ろし開始時刻が早く、なおかつ駐機場から非常に近い位置で積み下ろしができた。**やはり積み下ろし場所は近いに限る。**炎天下の中重いものを運ぶため、体力の消耗が非常に激しいため、近いのはかなり大きい。去年と今年で積み下ろしにかかった時間が倍近く違うので、暑い中長時間外にいるという意味で体力勝負の琵琶湖では特に積み下ろしの体力消耗の削減は大きい。積み下ろしが早く終わることによって、後のテント設営等を、ゆとりをもって進められることにも繋がる。さすがに今年は例年よりも大幅に積み下ろし開始時刻が早く、場所も格段に近かったので、相当運に恵まれていたとは思うが。

テント設営は例年よりもかなりゆっくり行った。熱中症対策で適宜人員交代をしたり休憩をはさんだりしながら組み上げた。機体審査やオンボードカメラまで時間に余裕があるため、これくらいゆっくりでもいい。今年は安全審査等が翌日になったため、優位性の実証はできなかったが。

ブルシを敷く際にペグが足りなくなったり、0胴テントが立った時に土嚢が足りなくなったりした。これは完全に買い出しの際にどれくらい必要になるかの見積もりが甘かったことが原因。自分も買い出しに行っていた人なのでこの点は反省。今年は地面に敷くブルシは6×2で12枚だった。この場合、各ブルシの頂点とブルシの各辺に最低1本のペグを打つ場合で、必要なペグの本数の最小数を計算してみたところ、53本であった。例年よりもブルシを敷く枚数は多かった気がするので、仕方ない部分もあるが、明らかに53本は最初の段階でなかったと思う。ちなみに太いペグはかなり数が余っていた。来年以降は単にペグを積み込んだかだけでなく、どれくらい本数があるかも確認することが大切だと思った。また、土嚢に関しても明らかに不足していた。今回は借りたテントが4貼、簡易テントが3貼だった。いつものテントは足が6つあるのでそこでまずは6×4で24、簡易テントは足が4つあるので4×3で12、合計36になる。もちろん一つのテントで複数の足を押さえることもあるのでこれより少なくて済む場合もあるが、前日に買いだした20個では到底足りないのは自明だった。ましてや、今年のような強風でより多くの土嚢が必要になる場合ではより顕著に事前の買い出しの甘さが如実に表れた。来年以降は借りるテントの数や敷くブルシの枚数を考えて、いくつペグや土嚢が必要かをしっかり見積もるようにしよう。ただ、多く買いすぎても、持って帰る荷物が増えるだけなので難しいところ。

ブルシを敷く際、敷く前に尖ったものや危ない物がないかの確認をしていなかった気がする。京都宿泊組の送迎をしていたので、先に湖岸に着いていた人たちが既にやっていた可能性はあるが。今年は、湖岸到着から積み下ろしまでの時間が非常に短かったため、そのあたりが十分に意識できていなかったかも。実際湖岸は尖ったものや、大きな流木がけっこうごろごろ転がっているので、事前に取り除けるものは取り除くべき。毎年琵琶湖に来ているのに、これを忘れていたのはさすがに反省。自分は今年の鳥コンで、昼頃にかなり尖ったものを踏んでしまったが、そのときに確認をしていなかった可能性を疑った。

・今年から湖岸に遊歩道ができたことによって、駐機場の形状が横に長くなる場合が出てきた。実際九大は今年横長の駐機場になった。気になった点等をまとめる。
横長の駐機場はかなり湖の近くギリギリまでビニ紐が設置されているため、フライト当日に機体をテントから出す際には少し考えて動く必要がある。脚蓋電装チームが、思っていたよりも湖が近いなと言っていた。
②今までのテントの設営の形状と90度回転させた形状で設営する必要がある。今年は混乱することなく、スムーズにテントの設営が終わったのは良かった。毎年テント練習をやっていて、する意味があるのかという意見もあるかもしれないが、こういったイレギュラーに対応できるという意味では、十分やるべき価値があると思う。虎紐の使い方等も予習できるのも大きい。
③これは個人的なことではあるが、遊歩道によって空間的に仕切りができるので、テントや機体があるエリアに余計に多くのものが散乱することが少なく、物探しに要する時間が短くなるように感じた。駐機場の整理整頓というと決して綺麗な環境だったわけではないが、去年までと比較して「あれ?これどこにあったっけ?」というのがかなり減ったように思える。
④空間的に仕切られるもう一つのメリットとして、虫の数が減少しているように感じる。普段は木々の近くにいる虫たちが湖側のエリアまで来ることが少なくなるのではないか。今年は比較的夜が涼しかったため、虫たちも動きやすかったのか、かなり虫刺されに悩まされている人は多かったが。まあ三次元的に飛び回る蚊みたいな虫が大量発生した場合はどうしようもないが。
遊歩道のところにものを長時間置いておくことができないのは気を付けなければならない。当たり前のことではあるが、地域の方々の迷惑にならないようにしよう。
⑥遊歩道が整備されたことで赤ワゴンや台車等を使った運搬が非常に楽になった。これは明確な恩恵だと思う。

・今年は謎修理(?)をしたものを含めて扇風機を2台持って行ったが、これは非常に良かった。日陰で扇風機2台稼働させて、そこに簡易的なベンチを設営すれば、最高の休憩スペースが完成する。来年も余裕があったら持っていこう。

・今年はいつも借りているテントが4貼しか借りられなかったため、簡易テントを3貼用意したが、これが思ったよりも使い勝手が良かった。簡単に組み立てできるし、骨組みもそれほど重くないし、日陰の面積も十分に確保できるし、風が強いときは足の高さを下げることもできるし、利点がいっぱいあった。来年以降も借りられるのなら3貼くらい借りてもいいかも。特に今年は風が強く吹いていたが、それの影響で0胴テントの天幕のブルシが飛ばされそうになっていた。天幕のブルシを廃止して、簡易テントに置き換えたらどうかという案も出ていた。来年以降のテント練で、もし試しに組んでみる機会があれば実践してほしいと思う。その際の虎紐の結び方に関してはまた考え直さないといけないが。

機体審査が翌日に繰り越された連絡はDiscordで行われるべきだった。口頭で連絡が行われていたらしいが、実際自分自身は「片翼1番だけ差して土曜日に機体審査を行う」ものだと思っていたので、繰越の連絡を受けたときは「え?今日無いの?」という感じだった。大会期間中でDiscordがいつでも機能しているとは限らないが、運営面で大切な連絡は、全員が見てくれるという確信がなくても、Discordで連絡を入れるべき。もちろん口頭での連絡も大事。

テントの足に土嚢を置くだけではあまり意味がない。少し浮かせて吊り下げることで土嚢が最大限の効果を発揮する。これを、地面から少しだけ土嚢が浮いていることから「ドラえもん」と名付けられた。このあたりの土嚢の設置等は主に同期の富永がやってくれた。

極楽湯から帰った後、翼保持をしていたが、正直しなくても良かったんじゃないかと思っている。この時間になると涼しくなってくるかつ、疲れが出てくる時間になるので、うとうとしてしまう人も出てくる。そういった状況なら、むしろ翼保持をしておく方が危険まである。極楽湯に出発する前にブルシカーテンを土嚢で押さえる方法で、風問題が割と解決していたので、強風で主翼のウマが倒れる心配はそんなになかったと思う。いつまで押さえていてほしいかの連絡はちゃんとするべきだった。一応主翼班長の池辺が極楽湯から戻ってくるまで押さえておくみたいな話は聞いたような気もするが、正直あまり覚えていない。

・湖岸の人数が去年あたりから非常に多くなったので、極楽湯宿泊を使うのはどうかと提案していたが、今年は中村、富永、一宮の3人が極楽湯の深夜営業を利用して休息をとった。メリットとデメリットを以下に示す。
メリット:虫に刺されることがない。コンセントがある環境で休息できるため、携帯やモバイルバッテリーの充電が切れても耐える。湖岸の気候に左右されずに休息が取れる、外で雨が降っている場合は元気な人間を確実に残しておくのに大いに役に立ちそう。
デメリット:部屋が明るいかつ、多くの人が屯しており常に話し声が聞こえてくるため、寝るのに最適な環境かというとそうとは言えないかも。あとお金がかかる、今回は3人だけだったのでそこまでお金はかかっていないが、10人とかになるとばかにならない金額になりそう。
トータルで見たらメリットの方が大きいように感じたとのこと。深夜営業が発表されるのが大会本番の2週間前とかなので、これに頼るというのは難しいとは思うが、来年以降も使える範囲で使ってよいと思う。

・当日機体を駐機場からプラホへと移動していく際、中村と影島が交代しながら指揮を行っていた。これは良い取り組みだったと思う。今年は後半の方のフライト順だったので、プラホに向けて移動している時間が長く、その間もどんどん暑くなってくる。そのため、片方の指揮者が全体の指揮を執っている間は、もう片方の人は日陰で休むことができるというこのやり方は非常に良かった。来年も機体の指揮がちゃんとできる人を複数人用意しておくのが良いだろう。

彦根シエンタを返却する際、ガソリンを満タンにしていなかった。そのため、レンタカー屋現地で燃料代の精算を行った。まあ、これに関しては仕方ない部分も大きい。宴会の時間にそもそも遅刻していたし、みんな疲れていて頭回っていなかったし、そもそもガソスタに寄ることで、宴会の時間が更に後ろ倒しになる可能性もあったし。今年はイレギュラーな動きが非常に多かったので仕方ないと言える。

・宴会代は、今年は事前に回収するのではなく、現地でOBも現役も清算した。その影響で、宴会会場に財布を忘れてきてしまったり、宴会代のことを失念していて手持ちの現金がほぼなくなり、翌日にお金をおろす人が出たりした。現地でお金を回収するなら、事前に「現役の皆さんは、宴会代を現地で清算するので、現金を多めに持ってきてください。」といったアナウンスをすべきだったと思う。

全体を通して

全体を通してのトラブルはほとんど無かったんじゃないかなと思う。トラブルというよりは、イレギュラーに対応することが例年よりも多かったという感じだろうか。借りたテントの種類や数が変わったり、遊歩道の設置に伴い駐機場の形が変わったり、強風による対応が大変だったり。そういった中でも割とうまく対処できていたと思う。チーム内で混乱が起こることはなかった。ちゃんと意思疎通ができていた証拠だと思う。

気温は土曜日は風の影響もあり、例年よりも涼しかったが、日曜日は毎度のごとく暑かった。今までと違う状況への対応に頭を悩ませていた影響もあり、体力の消耗は例年よりも激しかったとは思うが、終わってみればケガ人も熱中症も一人も出なかった。これは本当に素晴らしいことだと思う。琵琶湖の行動のノウハウが蓄積されているのを実感した。

後は、パワーありきの作業の富永や一宮への負担集中が、来年以降の問題になる可能性があると感じた。このポジを富永一宮以外で担っている人がなんだかんだ今年はほとんどいなかった気がする。この2人が今年で引退である以上、誰かしらがやることにはなるとは思うが。誰がやるかの検討が自分にはつかない。

ドライバー問題は数年前と比較したらだいぶ解消されているように感じる。QX-22の時は、山口さんがめちゃくちゃドライバーとして酷使されていた記憶がある。今年はB4からM2までの多くの人が運転できる状態だったので、送迎等も円滑に行えたし、琵琶湖説明会のときのドライバー決めもスムーズだった。

あと、これは毎年だが、転回場が近くなってくるほど、機体上げるときや回転させるときの返事をする人が増えてくる。逆に言えば、それまでは全然返事をしていない人が一定数いる。日頃の作業でも、ウマに固定するときや主翼を運搬するときの声掛けが、不十分になっている人がいるのかなって思う。このあたりは影島が何度も忠告してきていたが、影島が引退した今、この点をしっかりと指摘してくれる人が果たしていまこのサークルにいるのだろうか。正直ちょっと怪しいところだと思う。琵琶湖で大事にならないように、日頃から声掛けという名の意思疎通をしっかりしてほしい。

自分自身の鳥人生の振り返り

僕がこのサークルの一員としての活動を始めたのは学部1年の後期からでした。そのため、QX-22からOX-26までちょうど5年間このサークルに所属していたということになります。自分自身の鳥人生をそれぞれの1年ごとに10点満点で自己採点しつつ、振り返りました。かなりざっくりとした内容です。

QX-22

7/10点 サークル入って最初の1年は、S木祐輔さんやS田さんにいろいろ教わりながら、純粋にサークル活動を楽しんでいました。新入部員としては十分なことができたかと思います。しかし、周りの同期がそこそこ作業に慣れ始めている中で、自分自身が後れを取っていることを、良くも悪くもあまり気にしていませんでした。そのため、チームの主力年代になるにつれてチームへの貢献度を最大化することができなくなっていったと考えています。スタートダッシュができなかったという感じです。実際、主翼班B2の久保とかは、1年の後期からこのサークルに入っていますが、今年の琵琶湖でしっかりと主力メンバーとして活躍していました。「このサークルでの活動頑張りたい」という意識があまり持てていなかったという点では、ものすごく高い点数はあげられないかなと思い、この点数にしました。最初の大会でフライトが日曜日に繰り越されたことにより、短い時間ではあったもののプラホに上れたというのが、このサークルで頑張っていく一つのモチベーションになったと思います。

QX-23

6/10点 サークル活動に積極的に参加したいとは思っていましたが、バイトをかけ持っていたり、2年後期のタイミングは授業が多かったりして、あまりサークル作業に参加していませんでした。途中からバイトの片方を辞めましたが、それでも時間を言い訳にしてサークル活動に足を運ばないことが多かったです。大会直前期は割と作業場に足を運んでいましたが、班長のS貝さんをちゃんと支えることができたかというと、決してそうとは言えませんでした。完全に「やる気のある無能」ポジションになってしまったと思います。そういった意味で、昨年よりも点数を下げました。ですが、勉学の方はちゃんと行きたい研究室に行けるだけの成績を確保することができ、学祭等を通じて同期との仲も深めることができたため、プラスの要素もそれなりにはあったとは思います。

QX-24

5/10点 ついに迎えた班長代ですが、正直言ってこの年が一番後悔していることが多いです。自分の深夜耐性の無さから焼きのときにシフトの時間を破って寝てしまったり、家庭の事情により作業が佳境の時期に作業に参加できなかったり、本当にやりきれない班長代を過ごしてしまったなと思います。もちろんサークル活動を一番頑張った1年間であったことは間違いないですし、主翼班としての貢献度もめちゃくちゃに低いわけではなかったとは思います。なんだかんだリブも30枚くらいは抜いていたかなと思います。しかし、設計と班長を兼任していた白波瀬を十分に支えることができたかというと、そうではないかなと思っています。負担が白波瀬にだいぶ集中してしまっていたなと、後から振り返ってみても思います。実際、鳥コン本番でビッグフライトを見たとき、過去一嬉しい瞬間ではあったのですが、他の同期たちの方がもっと嬉しそうにしていたり、泣き崩れていたりするのを見ていると、「もっと自分、このサークルに打ち込めたな」と思いました。そういった意味でのこの点数です。この1年で作ってしまった借りを、残り2年間で返していかなければならないなと感じました。

QX-25

7/10 班長代を終え、後輩の活動を見守ることが多くなりました。そういった中でも、研究とサークルのバランスを上手に保つことができた1年だったと思います。それができたきっかけは、やはりS貝さんの存在でした。研究室が同じだったこともあり、研究面でもサークル面でもたくさんサポートしてくださいました。卒業研究も比較的余裕をもって終わらせることができ、サークル活動においても、班長代ほどの頻度で活動することはしませんでしたが、大きな作業の時にはちゃんと顔を出せていました。ただ、良くも悪くもS貝さんに頼っていた部分が大きかったなと思います。一人で判断して動いていく力が自分に果たしてあるのかという意味で、最高点にはしませんでした。

QX-26

8/10点 最後の一年、執行代。S貝さんがこのサークルを離れたことで、自分で考えて主体的に行動しなければならない場面が増えました。ここで、「班長代で作ってしまった借りを返す」という考えが自分の脳でめぐりだし、最後の1年をしっかりとやり切るモチベーションに繋がっていきました。周囲の同期がほとんど作業場に顔を出さなくなった状況でも、自分はコンスタントに作業場に足を運び、後輩たちとのコミュニケーションをとるように心がけていました。また、SNSの写真撮影の仕事を担ってからは、より意識的にサークルのために動くようになりました。大会直前期においても、同期との話し合いに積極的に参加し、チームとしてどのように動くべきかを考えてきました。最後まで、「この1年は自分なりにサークルのために全力を尽くして引退する」という意識を持ったまま活動できましたし、一番主体的に活動できた1年になったのではないかと思います。オープンキャンパスの運営でごたごたしたり、小学校授業がぽしゃったりと、反省すべき点はありますが、自分なりに頑張って最後の1年を終えることができたと思います。ここまでで一番高い点数をつけました。

読んでくださったOBの皆様へ

フライト順が遅かったこともあり、代表以外の新OB挨拶ができなかったので、これを新OB挨拶の代わりとさせていただきます。まずは、今大会もたくさんの応援及びご支援ありがとうございました。これだけたくさんの支援を頂いたのにも関わらず、自分たちのチームのフライトをお見せすることができなかったことが本当に残念です。実際、飛ばせなかったということもあり、自分自身OBになった実感がほとんど湧いていません。しかし、最終的にはOBとしてチームを支えていくという意識を持たなければならないというのも分かっています。時間は少しかかるかもしれませんが、OBの一員としてチームを陰ながら支えていける人間になれたらと思います。

進路につきましては、就職先が決まりまして、東日本エリアが勤務地になりそうです。近くに住んでいる方は、これから仲良くしていただけると嬉しいです、よろしくお願いします。

実際私は福岡が実家ということもあり、定期的に福岡に帰省することになると思います。そのため、会おうと思えば現役の部員と会うこともそれなりにはできるのかなと考えています。なので、現役との距離が近いOBでありたいなと考えています。

理想のOB像を自分自身が実現できるかはまだ分かりませんが、ここまでOBさんにお世話になってきた恩を忘れることなく、OBの一員として恥ずかしくない人生を歩んでいきたいと思います。

入部したばかりの自分を気にかけてくれて、鳥人間のノウハウを一から丁寧に教えてくれて、そして何より引退してもこのチームをずっと見守り続けてくれて、本当にありがとうございました。これからは自分もそちら側の人間として、このチームを今よりも少しだけ遠い場所から支えていきたいと思います。

最後になりますが、ここまでこのやたら長い振り返りを読んでくださり、ありがとうございました。最後にこの場を借りて、関わったすべてに人に感謝を申し上げます。QX-27も、それ以降も、九州大学鳥人間チームが末永く繁栄していくことを祈って、この振り返りを締めたいと思います。ありがとうございました。

QX-26 執行代 森山凜太郎

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