旧脚班長の岩泉です。皆さん、鳥人間コンテストお疲れ様でした。
僕なりに振り返りしたいと思います。愛情込めて育てた脚については記述が少ないですが、ご容赦下さい。
7月27日(火)
テント受け取り
15時に作業場に集合して、テントを上の倉庫に受け取りに行く。
寺西さん(M1)、山下くん(B4)、岩泉(B4)が部車に乗って上の体育館へ。宮武さん(M1・トラックドライバー)、菊池さん(M1)がトラック及び発電機の受け取り組だったため、トラックを上の体育館へ直接持ってきた。テントの骨組みがバラバラだったので、3張り組んで、天幕も合うのか確かめた。受付のおっちゃんが優しく、カラーテープ(青・緑・赤)を持って来てくださったので、必要な3張分をマーキングした。天幕は水分が取り除かれていない状態で畳まれていたので、広げて洗剤で洗い、天日干しした。上の体育館の奥に水道がある。受付のおっちゃんに洗うセットを借りた。積み込みの時間に間に合わなそうだったので、天幕一つしか洗えなかった。3セットの骨組みと天幕をトラックに積み込み16時半に間に合うように乗り込み練習を行なっている場所へトラックを移動させた。乗り込み練習場所の日当たりの良いところで再び天日干しした。
積み込み
トラックの後方ドアを開き、中を見た時、前方左隅に発電機が固定されており、左の壁に添わす様に、2列でテント骨組みを置いた。編み込んであるタイプのビニール紐で固定した。右側に添わすように桁を積めるように、ミスミの本気馬を前方と後方に配置した。本気馬のガチ固定の際、トラックの壁と馬の間にウエスなどを挟んだ方が良い。また、馬の間隔はあらかじめ測定の上、積み込みの際もメジャーを用いて合わせるのが良い。ガチ固定は床にはガムテ、壁にはガムテと結束バンドを用いた。できるだけ長い結束バンドを用いると良い。指が細く長い部員が固定を行うと良い。作業場と積み込み場所に距離があるので、エレベータ前やトラック付近でバケツリレーのように積み込みを行うと良い。
20時代に積み込み終了。
7月28日(水)
大学からターミナルまで
14時50分にトラック前で集合写真を撮り、15時にフェリー組が出発した。レンタカー(シエンタ)2台、ハイエース、部車、トラックにて計14人のフェリー組が出発した。
出山(B4)、山下(B4)、岩泉(B4)が乗ったシエンタは16時19分に古賀SAに着き16時半に出発した。新門司で高速を降り、高速出口に一番近いローソンで車検証のコピー2部を印刷した。17時25分にターミナルに着いた。迷うことなく安全運転で走行し、ちょうど良いスケジュール感だったと思う。
フェリー上船
全員揃った状態で検温を行い、各ドライバーと旅行係が乗船手続きをしてくれた。ドライバーは一度車に戻りフェリーに車を積んだ。それ以外の部員は揃って乗船した。
乗船後は一度全体で集まり、注意事項を共有し、各々自由時間となった。食堂を使う場合、開店時間18時半と同時に行ったほうがメニューが充実していた。翌日が朝早いことと、フェリー内が楽しいことの板挟みに悩みつつ0時までに就寝した方が良い。
7月29日(木)
フェリー下船
下船後はターミナル出口の広い道路の脇に全ての車を止めて集合。トラックの積み荷に異常がないかチェックし、乗車し、彦根を目指す。
彦根へ
Googleマップのナビで十分である。魚崎ICや西宮ICで高速に乗る。福岡の高速道路より若干ややこしい印象。
大津SAで休憩しつつ彦根ICへ向かう。彦根ICを降りた後は国道8号線を走る様にすると楽なので右折がおすすめである。菊池さん(M1)、ももさん(M2)、松本(B4)、岩泉(B4)が乗った部車はアートホテルに11時前に到着した。チェックイン16時までホテルは使えないので、集合場所としてホテルを目指した。琵琶湖近くのカインズの立体駐車場やカインズ内のスタバ前駐車場は空いているので、そこで集合するのも良さそう。アートホテル集合後は全員で琵琶湖の下見に行った。ファミマや結婚式駐車場などを目印にして松原水泳場を移動すると自分の位置が分かりやすい。その後は彦根ICを降りて国道8号線方面に向かう様に306号線を移動すると見えてくるオカモトタンメンにて昼食を取った。唐揚げがうまい。その後は、彦根市をドライブした。16時半にアートホテルにチェックインした。部屋で遊んだりして時間を過ごした。彦根駅東口にある潮騒というラーメン屋で宮前(B4)、岩泉(B4)が夕飯を頂いた。ハイエースは運転しやすいことが分かった。ホテル近くのフタバヤ(スーパー)やドラッグユタカ(24時間営業)でホテルで過ごすための買い出しを行うと良い。フタバヤにも24時まで営業しているコインランドリーがある。洗濯と乾燥で1100円(大型)、900円(中型)なので大きめの洗濯ネットに自分の服を入れて5、6人で割り勘するのが良い。アートホテルは家庭用の洗濯機と乾燥機が数台あるだけなので、コインランドリーを使った方がバッティングせず、割り勘すればお安く洗濯ができる。
7月30日(金)
駐機場にて
まずはブルーシートを敷いた。初めからブルーシート上は土禁である意識を持っておこう。トラックの駐車場所の使用が1番目だったのでラッキー。とにかく荷物を下ろした。トラック内で作業できる人員に限りがあるので、溢れた人員は駐機場に荷物を運んだ。テント設営も同時に行なっていた。
テント設営には虎紐や長めの棒、長身の部員、結束バンドを用意しておく。テントの側面をブルシで覆うために結束バンドを用いる。
機体を組む
0番胴体を組む。テントの高さが低いので、頭上げで固定。カウルと脚と尾翼と電装が組み始める。その間、主翼がテント設営の続きを行なっていた。脚に関しては、シンプルな構造だったので、かなりゆったりと組んでも時間が余った印象だった。ロック機構とバネの調節を行うため、カウルのフィレット前縁以外を組んでもらった。フィレット前縁以外はエポで固定を進めてもらった。電装抜きで手動にて動作確認を行なった。カウルの位置が毎回ズレる問題のため、エスレンを切ってロック機構の位置調節を行なった。カッターマットが入りますね。電装の準備をした後は、脚蓋電装試験の要領で動作試験を行なった。脚に関しては上手く動作したが、カウルの蓋に関しては干渉による動作不良が見つかった。
安全審査
沖本さん(M2・元脚班長)の事前のアドバイス通りに触って痛いところがなくなるように角をやすったり、袋ナットを用いて先端を保護した。前縁フィレットをつけて脚が見えない状態だったので、安全審査で格納部について指摘される事はなかった。脚の回転部のリベットピンの長さが長いのは何故か?脚の回転部のマウントの幅が脚の幅より広くがちゃつきがあるのは何故か?といった指摘があった。よくない事かもしれないが、隠しておけば目に付かない。
野営
暴風が吹き荒れていた。テントやブルシを押さえる要員以外は極楽湯と夕食に向かった。
滋賀大近くのコウゲという洋食屋がおすすめである。その後、野営のため、ほうきでブルシ上の砂を掃いた。暑さと虫のせいで寝れない。蚊取り線香があったが焚くのを忘れていた。
虫除けは肌、服の上から隈なくかけて、ブルシ上にもまいた方がいい。公衆便所の水道が嫌な人はコンビニで水を買って、歯磨き用手洗い用に使うと良い。
7月31日(土)
起床
朝4時ごろに起きる。朝食はウィダーインゼリー。2時間くらいは寝れた感じ。
脚蓋電装試験
朝に脚蓋電装試験を3回くらい行う。脚は正常に動作した。
フライト直前まで
脚班は中心寄りの機体保持が多い。筋肉つけよう。岩泉は恵まれた体で大丈夫だった。プラホまでの移動中は脚は格納状態だった。桟橋にて脚を出した。ただし、トライデントで機体を保持した。プラホ上では脚にて機体保持した。尾翼班長宮前(B4)がテール保持。左翼翼端を沖本さん(M2・長身)、右翼1-2接合部を岩泉(B4)が保持した。持ち上げるのではなく、突風で機体が浮かないように翼上面と下面を挟むように手を添えていた。プラホの形状、もしくは、機体の位置により右翼翼端がプラホ外に突き出ていたので右翼は翼端ではなく1-2接合部を保持していた。フライトまではインタビューがあり、長めに待機時間があった。岩泉体感的には10分弱くらいだった。
フライト
フライトは脚班やれる事ないので、祈るばかり。
積み込み
野営分の荷物を残し、積み込みを行う。整頓女王のさほさん(M1)がいなかったので、かなり苦労した。日々、整頓は心がけて作業するように。また、作業をする人しない人び別れていた。働けみんな。上級生で指示できる人が少なかったので下級生も困っただろう。反省。飛んですぐに代替わりすることで指示系統が激弱になる。代替わりは伊都に帰り、琵琶湖の後始末を終えてからが良い。
その後
積み込みがある程度終わったら、ホテルに戻ったり極楽湯に行ったり、夕食を取ったりした。旧班長から新班長、新班長同士の熱い語りがあったとか無かったとか。荷物は当日の夜にまとめておくのが良い。
8月1日(日)
ホテル組は野営組の朝ごはんや水分を買いに行く。ペラのフライトを見ながらトラックへの積み込みを行う。積み込みは経験なので、当日くる人は出発前の積み込みに必ず参加した方が良い。新幹線組を彦根駅に送った後に、フェリー組は帰り始める。神戸港あたりは魔境であった。岩泉も道を間違えた。Googleマップのナビも迷ってた。
行き同様、帰りも乗船手続きを行いフェリーに乗る。帰りのフェリーは楽しくも寂しいものだった。
8月2日(月)
フェリー下船後は順調に伊都まで帰ってこれた。二日酔いの人には運転させないでおこう。
作業場に荷物をしまう段階でも指揮系統激弱かつ自主性の欠落が見えた。働こうみんな。
携行缶のガソリンは部車に給油した。
長い長い琵琶湖旅、さらに、QX21プロジェクトが終わった。
QX21プロジェクトが終わって
最初は責任感だけで班長として作業をしていましたが、後輩の熱意や作業を楽しむ姿勢に感化されて楽しく有意義に作業をやり切れたと思います。特に副班長にはお世話になりました。
今回反省するならば、学年を超えた、班を超えたコミュニケーションが不足していた事が挙げられます。コミュニケーション不足から生じた失敗は情けないです。来年はそんな失敗味わいたくないですね。
また来年も作業していきたいと思います。エンジンかかるの遅いですが、かかったことを褒めて下さい笑
ありがとうございました。